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- 発売日
- 2004-09-21
- 作者
- 色川武大
- 製作
- 講談社
- 価格
- ¥ 1,365
- ランク
- 53216
- カテゴリ
- [ペーパーバック] [全書籍] [講談社文芸文庫] [色川武大阿佐田哲也] [近代文学] [文学] [評論] [全般] [色川武大] [あ行の著者]
- 久しぶりに読み直してみて、感動を新たにしました。太宰治の『人間失格』にも通じる感動といったら大げさに過ぎるでしょうか。
人と繋がりたいと思う余りに、狂っていく、人に疎まれていく。切ないです。
私の手元には、函入の単行本もあるのですが、装丁に使われている絵の寂しさにも心打たれます。文庫版の後書きにもあるように、この絵が、十数年もの間、幻覚・幻聴に悩まされ、入院を余儀なくされた方が描いた作品だとの説明が、単行本にもあります。そして、この『狂人日記』は、色川武大さんの中にあった構想が、彼の絵画作品に出会って小説の形になることができたということです。
ただ、そういう構想から完成へのドラマとは別に、描写の迫力、場面の説得力、そういった小説自身が持つ魅力にも間違いなく圧倒され続ける作品だと思います。
人間が生きていく重い悲しみのようなものが満ちていました。
できたらぜひ、単行本の表紙や裏表紙の装丁も見てほしいと思いますが、文庫として、多くの人が手に取れるのは、とても嬉しいことに思います。
- 89年4月に亡くなった色川武大(阿佐田哲也)の遺作ともいえる作品。《阿佐田哲也》の代表作はもちろん麻雀放浪紀だが、《色川武大》の代表作は「離婚」や「怪しい来客簿」ではなく、この狂人日記だと思っている。
色川・阿佐田どちらの名義にしろ、彼の作品には自身の人生観あるいは人間観が色濃く投影されたものが多いが、その全てが投入されたのがこの作品ではなかろうか。
正気と狂気の狭間を行き来する男の手記(告白)の形がとられているが、文章や行間から著者が筆を握り締めながら原稿用紙を睨みつけている様子が浮かんでくるようである。加えて著者の体臭も強烈に感じられてくる。しかし、作品全体を覆うトーンは透明であり毒々しいものではない。叙情的ですらある。
色川武大が命を削って書き上げた、名作の名に相応しい作品だ。
- 佳人薄命、とはまことによく言ったもの。
このことば、容姿の美しさに限らず、魂の美しさについてもまた然り。
eureka!
ある種の向こう側を知ってしまった者は、その知の代償として自らの命を差し出さねば
ならない。神を相手に己を賭した、あまりに過酷な取り引き。それでもなお、その知の憧憬に
憑かれた者は嬉々として命を差し出す。
燃え尽きることを希う、あまりに儚い自殺志願者、それこそが芸術家の芸術家たる所以、
狂人の狂人たる所以。
享年61、薄命と呼ぶにはあまりに長い生涯だ。
とはいえ、色川がこの小説と命を引き換えにした、と語ったとして、誰がその説得力を疑う
ことがあろうか。
『狂人日記』といえばまずはゴーゴリ、しかし、色川のそれは完成度、深みにおいてかの
ウクライナの巨星すら凌駕する。
とある飾職人の、内攻をめぐる壮絶な記録。寄り添う女がいる。拭えぬ過去の記憶がある。
すべてが辛い。どこか硬質な文体、突き破れぬ薄皮一枚が孤独また孤独の反復を招き、狂気に
至り、最後は死へと向かう。
ラストシーン、幻視の中、幻聴の中、世界を遠のく姿、己を遠のく姿は迫真。
日本文学、否、世界文学の金字塔。
- 自分は幻覚を体験したことはないけれど、「狂人」になってしまった本人(色川さん)にしか苦しみはわからないだろう。 わかろうとしても、彼自身の私小説的で、圧倒的な描写に、おそれおののきつつ、読み進めるばかりでした。 ただ作品全体が病に覆われているかというとそうでもなく、時間の流れがおだやかな場面もあり、それ故その後の彼の苦しみが増幅されるのかもしれません。
- 私はもともと麻雀が好きで、そこから阿佐田哲也のファンになった者です。
彼のことをより深く知りたいと思い、この作品を読みました。
ある50代の男が精神病院に入院するところからこの物語は始まります。
幻聴、幻覚、悪夢にさいなまれる男の描写がえんえんと続きます。
これはナルコレプシーの症状なのですが、この病気のことをただの「眠り病」ぐらいにしか認識していなかった自分には衝撃的でした。
この病は彼特有のものであり、ほかの患者はもちろんのこと主治医とも苦しみを共有することができないし、理解もされません。
このことから彼は深い孤独におちいるのですが、そこから救い出すかのように同じ入院患者の女「圭子」が現れます。
ここまでが前半部で、主に彼の病の特異さを描いています。
この出会いから物語は急転回し、
二人で病院を出ての同棲生活が描かれることになります。
その中で男は人と関わるということ、また人を心から愛するとはどういうことなのか、ということを思索し、懊悩します。
人を愛すれば愛するほど、その不可能さにぶつかってしまい、さらに孤独が深まってしまうというパラドックス。
そんなヨーロッパ映画のようなテーマが後半部では描かれています。
本書を読み終えて阿佐田名義と色川名義の作品のあまりの違いに驚きましたが、それと同時に両者の共通項も見えた気がしました。
『麻雀放浪記』でアウトローの世界を生き抜いた「坊や哲」も本作の中年男も、絶対的に「ひとり」だということ。
人間とは究極的にはたった「ひとり」であり、他との一体感などありえないまやかしであるということ。
そんなひとつの人間観を阿佐田=色川氏は終始一貫して語りつづけた小説家であったと思います。
他にこんなのは如何ですかな?
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